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アスリートのトレーニング後の午後の眠気:パフォーマンス低下を防ぐ栄養戦略と具体的な指導

Tags: アスリート, 睡眠, 栄養, トレーニング, パフォーマンス, 食事指導, 疲労回復, 血糖値

はじめに

アスリートにとって、トレーニングや試合におけるパフォーマンスを高いレベルで維持することは極めて重要です。しかし、特に午前中のトレーニングを行った後など、午後に強い眠気を感じ、集中力や身体機能が低下してしまうという課題を抱えるアスリートは少なくありません。この午後の眠気は、単なる休息不足として片付けられがちですが、パフォーマンスの低下、怪我のリスク増加、学習効率の低下など、アスリートの総合的な成長と活動に深刻な影響を及ぼす可能性があります。

質の高い睡眠は、アスリートのリカバリーとパフォーマンス向上に不可欠な要素です。そして、その睡眠の質や日中の覚醒度には、栄養摂取が深く関わっています。アスリート指導者として、午後の眠気の原因を栄養学的・睡眠科学的な観点から理解し、適切な食事戦略と指導を行うことは、選手のポテンシャルを最大限に引き出すために不可欠と言えるでしょう。

本稿では、アスリートがトレーニング後に経験しやすい午後の眠気に焦点を当て、そのメカニズム、栄養および睡眠との関連性、そして具体的な栄養戦略と指導における実践ポイントについて解説します。

アスリートが午後に眠気を感じやすい理由

アスリートが午後に眠気を感じやすい背景には、いくつかの要因が複合的に作用しています。

  1. 概日リズムによる影響: 人間の覚醒度には約24時間の周期(概日リズム)があり、一般的に午後の早い時間帯に一時的に覚醒度が低下する「ポストランチディップ(Post-Lunch Dip)」と呼ばれる現象が起こりやすいとされています。これは食事の有無に関わらず見られる生体リズムの一部です。
  2. 食事による影響: 昼食後の血糖値の変動が眠気に関与することが知られています。特に高炭水化物食、中でもGI値の高い食品を摂取した場合、食後の急激な血糖上昇とその後のインスリン分泌による血糖降下(反応性低血糖)が眠気を誘発する可能性があります。また、大量の食事を摂ることで消化活動にエネルギーが使われ、脳への血流が一時的に減少することも影響するかもしれません。
  3. 睡眠不足・睡眠負債: 前夜の睡眠時間や質の不足、あるいは慢性的な睡眠不足(睡眠負債)がある場合、日中の覚醒レベルが維持しにくくなり、午後の眠気が顕著になります。アスリートは高いトレーニング負荷や多忙なスケジュールにより、十分な睡眠時間を確保できないことも少なくありません。
  4. 午前中のトレーニングによる疲労: 午前中に強度の高いトレーニングを行った場合、身体的な疲労だけでなく、中枢神経系の疲労も蓄積します。この疲労が午後の眠気を増強させる要因となります。
  5. 脱水: 軽度な脱水状態でも、疲労感や集中力の低下、眠気を引き起こすことがあります。午前中のトレーニングで失われた水分が十分に補給されないまま午後を迎えると、眠気を感じやすくなる可能性があります。

午後の眠気を軽減するための栄養戦略

午後の眠気を緩和し、パフォーマンスを維持するためには、食事内容や摂取タイミングを戦略的に管理することが重要です。

  1. 血糖値の急激な変動を避ける食事選択:
    • 昼食では、低GI値の炭水化物を主体とすることが推奨されます。玄米、全粒パン、パスタ、蕎麦、豆類、野菜などを選ぶことで、血糖値の急激な上昇と下降を抑え、食後の眠気を軽減する効果が期待できます。
    • タンパク質や食物繊維を炭水化物と組み合わせることで、糖の吸収が緩やかになり、血糖値のコントロールに役立ちます。例えば、鶏むね肉や魚、豆腐などのタンパク質源や、サラダや海藻などの食物繊維を意識して摂取することが有効です。
  2. 適切な量の昼食摂取:
    • 一度に大量の食事を摂ると、消化に負担がかかり眠気を招きやすくなります。昼食は適量とし、必要に応じて午後の補食でエネルギーを補うことを検討します。
  3. 昼食の摂取タイミング:
    • 昼食後すぐに眠気を感じやすい場合は、トレーニング終了から昼食までの時間を適切に調整することも考慮できます。ただし、リカバリーのためにはトレーニング後できるだけ速やかに栄養を摂取することが重要ですので、リカバリーを優先しつつ、食事内容で調整を図るのが現実的です。
  4. 午後の水分補給:
    • 午前中のトレーニングで失われた水分を午後の活動前に適切に補給します。こまめな水分摂取を促し、脱水状態を防ぐことが、疲労軽減や覚醒度維持につながります。
  5. 戦略的なカフェイン摂取:
    • カフェインには覚醒作用があり、午後の眠気対策として有効な場合があります。ただし、摂取量やタイミングによっては夜間の睡眠を妨げる可能性があるため、注意が必要です。午後の活動の約30分前を目安に、少量(例:コーヒー1杯程度)を摂取することが、眠気を和らげるのに役立つ可能性があります。ただし、個人差が大きいため、選手との相談の上、試行錯誤が必要です。常用による耐性や、夜間の睡眠への影響を考慮し、計画的に利用すべきです。
  6. ビタミン・ミネラルバランス:
    • ビタミンB群(エネルギー代謝に関与)、鉄分(酸素運搬に関与)、マグネシウム(神経機能やエネルギー産生に関与)などの不足は、疲労感や集中力低下を引き起こし、午後の眠気を助長する可能性があります。これらの栄養素が不足しないよう、バランスの取れた食事を基本とすることが重要です。特に女性アスリートや発汗量の多いアスリートは鉄分やマグネシウムの不足に注意が必要です。
  7. 午後の補食の活用:
    • 午後のトレーニングや活動がある場合、昼食からの時間が空くとエネルギー不足となり、眠気を感じやすくなることがあります。トレーニングの1〜2時間前に、消化吸収の良い炭水化物や少量のタンパク質を含む補食(例:おにぎり、バナナ、ヨーグルト、エネルギーゼリーなど)を摂取することで、エネルギーレベルを維持し、午後の眠気やパフォーマンス低下を防ぐのに役立ちます。

アスリート指導における実践ポイント

アスリート指導者が、選手の午後の眠気に対して栄養面からアプローチする際の具体的なポイントを以下に示します。

  1. 選手への丁寧なヒアリング:
    • まずは、選手がどの程度の頻度で、どの時間帯に強い眠気を感じるのか、その時の食事内容(特に昼食)、前夜の睡眠時間や質、トレーニング内容などを具体的に聞き取ることが出発点です。漠然とした「眠い」だけでなく、眠気によって具体的にどのような影響が出ているのか(例:集中できない、身体が重い、ミスが多いなど)も把握します。
  2. 食事記録・睡眠日誌の活用:
    • 可能であれば、選手に食事内容と時間、睡眠時間、眠気を感じた時間帯などを記録してもらうことで、眠気と食事内容や睡眠状況との関連性を客観的に分析することができます。これにより、特定の食事パターンや睡眠不足が眠気につながっているかを特定しやすくなります。
  3. 個別状況に合わせたアドバイス:
    • トレーニングのスケジュール(午前のトレーニングの有無や強度、午後のトレーニングの有無)、学業や仕事の状況、普段の食事内容、睡眠時間、さらには個人の消化能力や体質などを考慮し、選手一人ひとりに合わせたアドバイスを行います。例えば、昼食のタイミングや内容だけでなく、朝食や夕食も含めた1日の食事バランス全体を見直す視点も必要です。
    • 水泳選手の場合、午前に水の感覚を掴む技術練習、午後に体力練習や陸上トレーニングを行うスケジュールが多いかもしれません。午前のトレーニングで身体をしっかり使い、午後の陸上トレーニングや午後のプール練習でパフォーマンスを維持するためには、昼食での適切なエネルギー補給と午後の眠気対策は特に重要です。
  4. 具体的な食事指導例の提示:
    • 「低GIの炭水化物を」と言うだけでなく、「昼食のご飯は白米に玄米や雑穀米を混ぜてみましょう」「パンならライ麦パンや全粒パンを選んでみましょう」「おかずにタンパク質源(肉、魚、卵、大豆製品)と野菜を必ず加えましょう」など、具体的な食品名や組み合わせ方を提案します。午後の補食に関しても、手軽に摂取できるもの(例:コンビニでも買えるおにぎり、バナナ、プロテインバーなど)をいくつか紹介すると、選手は実践しやすくなります。
  5. 睡眠衛生指導との連携:
    • 午後の眠気は前夜の睡眠不足が大きく影響している場合が少なくありません。十分な睡眠時間を確保するためのアドバイスや、質の高い睡眠のための睡眠衛生習慣(就寝前のリラックス、寝室環境の整備など)の指導も同時に行うことで、より効果的な改善が期待できます。午後の仮眠についても、長時間の深い眠りは夜間の睡眠を妨げる可能性があるため、15~20分程度の短い仮眠を推奨するなど、適切な指導を行います。
  6. 保護者との連携(若年層の場合):
    • 特に中高生などの若いアスリートの場合、保護者が食事の準備を担っていることが多いです。保護者に対しても、午後の眠気と栄養の関係、具体的な食事のポイントなどを分かりやすく伝え、家庭でのサポートをお願いすることが重要です。

具体的な事例(架空)

水泳部に所属する高校生アスリート、Bさん(17歳)は、午前中に約2時間のプール練習を行い、昼食を摂った後、午後の授業中や放課後の陸上トレーニング中に強い眠気を感じ、集中力が続かないという悩みを抱えていました。

ヒアリングと食事記録、睡眠日誌を確認した結果、Bさんの昼食は学校の食堂で提供される白米中心の定食が多く、タンパク質や野菜が不足しがちなこと、前夜の睡眠時間が平均6時間程度と短いことが分かりました。

そこで、指導者と管理栄養士は連携し、以下の栄養・睡眠戦略を提案・実践しました。

これらの取り組みを数週間続けた結果、Bさんから「午後の授業中やトレーニング中の眠気が和らぎ、以前より集中できるようになった」という報告がありました。睡眠時間の確保と昼食内容の見直し、午後の補食が複合的に効果を発揮したと考えられます。

まとめ

アスリートのトレーニング後の午後の眠気は、パフォーマンスを低下させる見過ごせない課題です。この眠気の原因には、概日リズムに加え、食事内容、睡眠不足、トレーニングによる疲労などが複合的に関与しています。

午後の眠気を効果的に軽減するためには、昼食での低GI食品の選択やタンパク質・食物繊維との組み合わせによる血糖値管理、適切な水分補給、必要に応じた戦略的なカフェインや午後の補食の活用といった栄養戦略が有効です。

アスリート指導者は、選手の午後の眠気に関する訴えに耳を傾け、食事記録や睡眠日誌などを通じて状況を把握することが重要です。その上で、選手個々のトレーニングスケジュール、生活習慣、食事内容などを考慮し、今回ご紹介したような栄養戦略と睡眠衛生指導を組み合わせた、個別化されたアドバイスを行うことが求められます。

栄養と睡眠の両面からアスリートのコンディショニングをサポートすることで、午後の眠気を克服し、パフォーマンスを高いレベルで維持することに繋がるでしょう。