眠りの質UPアスリート食

アスリートの低エネルギー利用可能性(LEA)が睡眠の質に与える影響:指導者が知るべき栄養戦略

Tags: アスリート, 低エネルギー利用可能性, LEA, 睡眠, 栄養戦略, コーチング, スポーツ栄養, RED-S, ホルモンバランス, 微量栄養素

はじめに:パフォーマンスと健康の基盤としてのエネルギー、そして睡眠

アスリートのパフォーマンス向上および健康維持において、十分なエネルギー摂取は不可欠です。トレーニングや日常生活に必要なエネルギーが慢性的に不足している状態は、「低エネルギー利用可能性(Low Energy Availability, LEA)」と呼ばれ、様々な生理機能に悪影響を及ぼすことが知られています。特に、LEAは内分泌系、免疫系、骨の健康などに重大な影響を与えるだけでなく、アスリートの睡眠の質を著しく低下させる要因ともなり得ます。

アスリート指導者にとって、LEAのリスクを理解し、選手の睡眠の質と関連付けて捉えることは、パフォーマンスの最適化と怪我・疾病リスクの低減のために極めて重要です。本稿では、LEAがアスリートの睡眠に与える影響のメカニズムを科学的根拠に基づき解説し、指導者が現場で実践できる具体的な栄養戦略と指導のポイントをご紹介します。

低エネルギー利用可能性(LEA)とは何か?

低エネルギー利用可能性(LEA)とは、食事からのエネルギー摂取量から運動によるエネルギー消費量を差し引いた「利用可能なエネルギー量」が、除脂肪体重あたり十分に確保されていない状態を指します。具体的には、除脂肪体重1kgあたり30kcal未満がLEAの一般的な指標とされています。これは、基礎代謝、体温維持、ホルモン産生、免疫機能などの生命維持に必要な生理機能に利用できるエネルギーが不足している状態です。

LEAの主な原因としては、不十分な食事摂取、過度なトレーニング量、摂食障害などが挙げられます。特に、体重管理が必要な競技、審美系競技、長時間の持久系競技などに取り組むアスリートは、意図的または非意図的にLEAに陥るリスクが高い傾向があります。LEAは、女性アスリートにおける「女性アスリートの三主徴」(月経不順/無月経、骨粗しょう症、摂食障害)や、男性アスリートを含む広範なアスリートに影響を及ぼす「相対的エネルギー不足症候群(Relative Energy Deficiency in Sport, RED-S)」の主要な構成要素です。

LEAがアスリートの睡眠に与える具体的な影響

LEAは、体内の様々な生理機能に影響を及ぼすことで、間接的かつ直接的にアスリートの睡眠の質を低下させます。そのメカニズムは多岐にわたりますが、主なものとして以下が挙げられます。

  1. ホルモンバランスの乱れ:
    • コルチゾールの上昇: 慢性的なエネルギー不足は、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌を増加させます。高濃度のコルチゾールは、覚醒を促し、夜間のリラックスを妨げるため、入眠困難や中途覚醒の原因となります。
    • 性ホルモンの低下: LEAは視床下部-下垂体-性腺軸に抑制的に働き、性ホルモン(女性ではエストロゲン、男性ではテストステロン)の分泌を低下させます。性ホルモンの低下は、気分の落ち込みや不安を引き起こす可能性があり、これらが睡眠の質に悪影響を与えることがあります。
    • 甲状腺ホルモンの低下: エネルギーを節約するため、甲状腺ホルモン(T3など)の分泌が低下することがあります。これにより体温調節機能が変化し、睡眠に適した体温が得られにくくなる可能性があります。
    • グレリン・レプチンの変動: 食欲調節に関わるホルモンであるグレリン(食欲増進)とレプチン(食欲抑制)のバランスがLEAによって崩れることがあります。夜間の空腹感が増すことで、中途覚醒の原因となることがあります。
  2. 自律神経のバランスの乱れ: LEAは交感神経活動を亢進させ、副交感神経活動を抑制する傾向があります。就寝前にリラックスモードである副交感神経が優位にならないと、スムーズな入眠が妨げられます。
  3. 体内時計(概日リズム)への影響: 食事の摂取パターンやタイミングは、体内時計の調整に重要な役割を果たします。LEAによる不規則な食事や空腹時間は、体内時計のリズムを乱し、睡眠・覚醒サイクルに悪影響を及ぼす可能性があります。
  4. 栄養素不足: エネルギー摂取量全体が少ない場合、ビタミンやミネラルといった微量栄養素の摂取も不足しがちです。特に、マグネシウム、亜鉛、鉄、ビタミンD、B群などは、睡眠に関わる神経伝達物質の合成や調整に関与しており、これらの不足が不眠や睡眠の質の低下につながることがあります。
  5. 筋グリコーゲン枯渇と疲労感: LEAはトレーニング後の筋グリコーゲン回復を妨げ、慢性的な疲労感を引き起こします。この疲労感が、必ずしも質の高い睡眠に繋がるわけではなく、かえって身体的な不快感や不眠を引き起こすことがあります。

これらの要因が複合的に作用することで、LEA状態のアスリートは入眠困難、中途覚醒、早期覚醒、睡眠時間の短縮、睡眠の断片化といった様々な睡眠課題を抱えやすくなります。

LEA状態のアスリートに対する栄養戦略

LEAが疑われる、あるいはLEA状態にあるアスリートの睡眠の質を改善するための最も根本的な栄養戦略は、エネルギー不足状態を解消することです。

  1. LEAの評価と認識:
    • まず、選手の状態を正確に把握することが重要です。食事記録(最低3日間)、トレーニング内容、体重や体脂肪率の変化、月経周期(女性の場合)、気分の変化、怪我の頻度などを注意深く観察し、LEAの兆候がないか確認します。
    • 選手本人にLEAのリスクについて説明し、自身のエネルギー摂取と消費のバランスについて意識してもらうことも重要です。
  2. エネルギー摂取量の回復:
    • 総エネルギー摂取量を、トレーニング量に見合うレベルまで段階的に増加させます。急激な増加は胃腸への負担となる可能性があるため、無理のない範囲で進めます。
    • 特にトレーニング前中後のエネルギー摂取、リカバリー期の栄養補給を徹底します。
  3. PFCバランスの調整:
    • 炭水化物は主要なエネルギー源であり、筋グリコーゲン回復に不可欠です。十分な炭水化物摂取は、体内のエネルギーシグナルを改善し、ホルモンバランスの正常化にも寄与します。トレーニング量に応じて適切な量を確保します。
    • タンパク質は筋肉修復や合成、ホルモンや神経伝達物質の材料となります。十分なタンパク質摂取は、LEAによる筋肉量の減少を防ぎ、様々な生理機能の維持に貢献します。1日あたり体重1kgあたり1.6〜2.2gを目安に、複数回に分けて摂取することを推奨します。
    • 脂質はエネルギー源としてだけでなく、ホルモン合成や脂溶性ビタミンの吸収に必要です。総エネルギー量の20〜35%を目安に、魚油などに含まれるオメガ3脂肪酸を意識して摂取すると、炎症抑制にも繋がり睡眠の質に良い影響を与える可能性があります。
  4. 微量栄養素の充足:
    • LEA状態では微量栄養素も不足しやすいため、栄養価の高い食品(野菜、果物、全粒穀物、ナッツ、種実類、乳製品、魚、肉など)をバランス良く摂取することを推奨します。
    • 特に、睡眠に関わるマグネシウム(ナッツ、種実類、葉物野菜)、亜鉛(肉、魚、貝類)、鉄(赤身肉、魚、豆類、葉物野菜)、ビタミンD(魚、きのこ類、日光浴)、ビタミンB群(全粒穀物、肉、魚、乳製品)などの不足がないか注意が必要です。必要に応じて、食事からの摂取を基本としつつ、専門家の指導のもとサプリメントの活用も検討します。
  5. 食事のタイミングと規則性:
    • 食事を抜いたり、極端な空腹時間を作ったりしないように、規則的な食事パターンを確立します。これは体内時計を整える上で重要です。
    • 特に、トレーニング前後の補給を怠らないこと、就寝前の軽食(消化の良い炭水化物と少量のタンパク質など)が睡眠に良い影響を与えるか、個々の選手に合わせて検討することも有効です(ただし、就寝直前の重い食事は避ける)。

アスリート指導における応用とポイント

指導者がLEAと睡眠の課題を持つアスリートをサポートする上で、以下の点を意識することが重要です。

まとめ

低エネルギー利用可能性(LEA)は、アスリートのパフォーマンス低下や健康問題の大きな要因となり得るだけでなく、深刻な睡眠課題を引き起こす隠れたリスクです。LEAがホルモンバランスの乱れ、自律神経の不調、体内時計の乱れなどを引き起こし、入眠困難や中途覚醒といった睡眠の質の低下に繋がるメカニズムを理解することは、アスリート指導者にとって極めて重要です。

LEA状態のアスリートの睡眠を改善するためには、エネルギーバランスの回復を最優先とした栄養戦略が不可欠です。十分な総エネルギー量、適切なPFCバランス、微量栄養素の充足、そして規則的な食事タイミングを意識した指導を行います。指導者は、LEAの早期発見、選手本人への丁寧な説明、栄養士を含む専門家との連携、そして睡眠日誌や栄養記録の活用を通じて、選手がLEAを克服し、質の高い睡眠を取り戻せるよう包括的にサポートすることが求められます。アスリートの持続的な成長と健康のために、LEAと睡眠栄養戦略への理解を深め、日々の指導に活かしていただければ幸いです。